1. パリ郊外 ~城壁の外側~

牛乳を買いに行く子供たち、ジャンティイ、1932年
牛乳を買いに行く子供たち、ジャンティイ
1932年
© Atelier Robert Doisneau

ロベール・ドアノーは、1912年、パリ南郊のジャンティで生まれました。当時まだ、パリの周りを取り囲んでいた城壁のすぐ外側、パリからはじき出された低所得者層の住宅や小さな工場などが散在する〈パリ郊外〉は、後に、写真家ロベール・ドアノーにとって欠かすことのできないテーマとなります。1939年、招集されたものの体調を崩し除隊。ドイツ軍占領下のパリに戻ったドアノーは家庭(1934年に結婚し、ジャンティの隣町モンルージュに移住)を支えるため、学生時代に習得した石版工の技術を生かし、土産用のカードを作るなどして糊口をしのぐ生活が続きました。

2. 冬の時代 ~占領から解放まで~

有刺鉄線の中の恋人たち、チュイルリー公園、パリ、1944年 (1943-44?)
有刺鉄線の中の恋人たち、チュイルリー公園、パリ
1944年 (1943-44?)
© Atelier Robert Doisneau

1934年、自動車会社ルノー社に産業カメラマンとして職を得たドアノーでしたが、相次ぐ遅刻欠勤により5年で解雇という憂き目に。その後、ほぼ時を同じくして創設された写真エージェンシー・ラフォの契約カメラマンとして活動を始めた矢先、第二次世界大戦が勃発しました。

3. 郊外の休日

マルヌ川での水泳、1944年
マルヌ川での水泳
1944年
© Atelier Robert Doisneau

戦後、情報に飢えていた大衆の要請に応え、続々と日刊紙が発刊されます。ドアノーが撮影した写真も、こぞってこれらのメディアに掲載され、大成功を収めましたが、楽観的で人間を愛するドアノーの視線が、郊外を舞台に繰り広げられるありふれた日常の生活から離れることはありませんでした。
映画館、自転車レース、ガンゲット(郊外特有の川辺にある大衆ダンスホール)…。慎ましい活における小さな楽しみを享受する郊外人のスケッチ。これこそがドアノーの真骨頂といえるでしょう。

4. パリ ~イメージの釣り人~

ココ、1952年
ココ
1952年
© Atelier Robert Doisneau

ロベール・ドアノーは、その人生を通じてパリを隅々まで撮影しました。作家のロベール・ジローや詩人のジャック・プレヴェールといった指南役を得て、街角、セーヌ河岸、カフェ、ビストロ、市場・・・あらゆる場所に入り込み、そこに生きる人々のドラマを一枚の写真で提示したのです。特に光の当たらない場所で生きる人々には特別の愛情を注ぎ、彼らもまたドアノーを愛しました。“ありふれた状況下の、普通の人々の普通の振る舞い”。つまり、ドアノーは日常の中に埋没しすぎて見逃されているもののうちにこそ美しさを見出し、喜びとともにとらえ続けたのです。

5. 『ヴォーグ』の時代

夜のヴァンドーム広場、パリ、1950年
夜のヴァンドーム広場、パリ
1950年
© Atelier Robert Doisneau

ファッション誌としての新しい方向を模索していた『ヴォーグ』誌の編集長ミシェル・ド・ブルンホフに誘われたドアノーは、1949年、同誌の契約カメラマンとなりましたが、スタジオでの撮影や社交界の人々を撮影することは、苦痛以外のなにものでもなく、3年後には専属契約を解除することとなりました。

6. 変貌するパリ

切り株、プラース・デ・フェット、1975年
切り株、プラース・デ・フェット
1975年
© Atelier Robert Doisneau

戦争の傷跡から立ち直り、急速な経済成長を遂げるフランスの首都パリは、そこに住む人々の生活の規模をはるか越えるスケールで急激に変化していきました。
「普段の暮らしの中に埋もれている美しさをこそ見たい」と願っているドアノーにとって、それは心が痛む事であったに違いありません。とはいえ、古き良きパリが刻々と破壊されていく苦々しさがユーモアあふれるスタイルで表現されている写真を見ていると、変化そのものを受け容れざるを得ない市井の人々への、そして相変わらずのパリへの愛情が感じられます。

7. ボートレート

パブロ・ピカソ(画家)の運命線、1952年
パブロ・ピカソ(画家)の運命線
1952年
© Atelier Robert Doisneau

ドアノーのポートレート撮影は、被写体と作り上げる共同作業といえるものです。どのような著名人を前にしても、ひたすら待ち、気配を消し、観察し、粘り強く真実を引き出そうとしました。レンズがとらえるのは、真の友人たちで、もはや著名人ではない。隣人であり、生涯の悪友、仕事上のパートナーだったのです。

8. 子供たち

増水した側溝、1934年
増水した側溝
1934年
© Atelier Robert Doisneau

ドアノーの写真の出発点ともいえる「郊外」。そこは、ドアノー自身の少年時代の記憶がぎっしりと詰まった宝庫といえるでしょう。「郊外」を背景に、一心不乱に生きている子供達は、ドアノー自身の分身なのです。
「郊外」の子供達に注がれた視点は、後に、パリを撮るようになっても変わらず続きます。通りでのいたずら、広場での遊び、学校で体験する理不尽。この生き生きとした子供達は、ドアノーの写真のなかに突然出現したドラマを見ている私たちの分身でもあるかのようです。

9. DATAR(国土整備庁)の任務によるシリーズ

アルジャントゥイユ、1984年   DATAR(国土整備庁)の任務によるシリーズから
アルジャントゥイユ
1984年
DATAR(国土整備庁)の任務によるシリーズから
© Atelier Robert Doisneau

1984年、フランス国土を記録するプロジェクトのための撮影を依頼されたドアノーは、終生離れることのなかった《故郷》パリ郊外の“新たな測量”に、カラー写真という手法でのぞみました。一切、人影のない資料的記録写真に徹した一連の作品は、暴力的なまでに改変され、コンクリートに閉じ込められてしまった現代の郊外生活を如実に反映しています。