青騎士 人間模様 1896-1913

※「青騎士」の人物名をクリックすると解説が表示されます。

青騎士人物相関図
カンディンスキー
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ミュンター
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マルク
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ヤウレンスキー
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ヴェレフキン
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マッケ
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クレー
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シェーンベルク
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ヴァシリー・カンディンスキー (1866-1944)

ガブリエーレ・ミュンター (1877-1962)

カンディンスキーと出会ったとき彼女は21歳。妻と分かれたカンディンスキーと行動を共にしました。1914年に始まる第1次世界大戦は、カンディンスキーとの間を決定的に引き裂いてしまいました。

フランツ・マルク (1880-1916)

1910年にカンディンスキーとはじめて出会い、その後は彼の最も近くで仕事をした画家。カンディンスキーとともに『青騎士』年鑑の実質的な編集を行いました。動物をテーマに斬新な表現を試みますが、1916年、37歳で戦死。

アレクセイ・ヤウレンスキー (1864-1941)

ロシア生まれの元軍人。カンディンスキーと時期を同じくして、ヴェレフキンとともにミュンヘンに出てきました。マティスと知り合い、ゴーギャンを受け継ぐ一派の技法も積極的に取り入れるなどして、斬新な作品を描きました。

マリアンネ・フォン・ヴェレフキン (1860-1938)

将軍の娘としてロシアに生まれました。サンクト・ペテルブルクで絵を学んでいたときに出会ったヤウレンスキーの画才を認め、ともにミュンヘンに出てきます。財政的に彼を支えながら、自らも制作を続けました。

アウグスト・マッケ (1887-1914)

デュッセルドルフで美術を学んだあと、パリやベルリンに滞在し、ミュンヘンの近くに数年間とどまって制作しました。マルクと出会ったのもその頃です。青騎士の中心メンバーとして活躍しますが、1914年、27歳で戦死。

パウル・クレー (1879-1940)

1911年にカンディンスキーと知り合ったクレーは、彼のことを「なみはずれて明晰な頭脳の持ち主だ」と評しています。1914年にマッケと行ったチュニジア旅行は、色彩に開眼するなど、その後の展開の大きなきっかけとなりました。

アルノルト・シェーンベルク (1874-1951)

無調音楽や12音階技法など、斬新な音楽作品を発表した作曲家。彼の音楽を聴いたカンディンスキーが共感し、〈印象Ⅲ(コンサート)〉を描いたのは有名な話です。1912年に出版された『青騎士』年鑑に楽譜を提供しています。