萩に生まれた松林桂月(まつばやしけいげつ)(1876–1963)は、明治・大正・昭和の三代を生き、数々の名作を残した、近代日本画を代表する巨匠です。幼い頃から絵を好んだ桂月は、18歳の年に東京に出て本格的な修行を始め、伝統的日本画の、精緻で格調高い表現を学びました。23歳の年には同門の女流画家・雪貞(せってい)と結婚します。繊細で華麗な花鳥画を得意とした雪貞は、生涯にわたり桂月の画業を支えた大きな存在となりました。桂月の精密な描写力は早くから注目され、44歳にして新設された帝国美術院展覧会の審査員に就任しています。
1939(昭和14)年、64歳の桂月は「春宵花影(しゅんしょうかえい)」(東京国立近代美術館蔵)をニューヨーク万国博覧会に出品しました。朧月夜に浮かぶ桜花の叙情性を見事に表現しながら、高度な写実性をも兼ね備えたこの作品は絶賛され、今日でも近代日本画を代表する傑作のひとつに数えられています。桂月の高度な水墨技術は他の画家の追随を許さず、その独特の叙情的な作風は高く評価されて、83歳の年に文化勲章を受章しました。
2013年は、桂月が世を去ってから50年という節目の年に当たります。この半世紀の間に開催された大規模な展覧会は、桂月の没後まもなく門人たちによって開催された遺作展と、1983年に当館で開催された「松林桂月─その墨と色彩の妙─」展のみで、近年にはその芸術を通覧できる機会はほとんどありませんでした。本展は、30年ぶりとなる回顧展として、初公開を含む多数の作品で、詩書画の全てに優れた才能を示し、近代にあって水墨画の表現をきわめた、桂月の豊かな芸術世界をご紹介します。